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 ソ連空軍の機体命名規則は、1939年頃を境として二種類の命名規則がある。1939年からの新命名規則は現在においても使用されている方式です。どちらの命名規則においても他国のように「公式な愛称」というものは無い。また、改造や派生における文字や番号は、その機種独自で割り当てられるので使用される記号の意味は機種によってまちまちである。また、あいまいな命名を付けられた機体は、第二次世界大戦中の混乱期(政府や工場がウラル地方へ疎開したりした)に開発された機体に多く見られる。海軍においても空軍機の命名規則をそのまま継承している。

I15Bis_-2.gifI-15bis152.jpg   

  
  

 
 

1939年迄の命名規則
  任務記号…アルファベット1~3文字で割りてられた英字で表す。
            Iは戦闘機という意味

  任務番号…任務における何番目かを数字で表す。
            戦闘任務機として15番目に採用された機種
  派生記号…派生させた形式の記号は機種によってまちまち。 
             bisとは発展型という意味

  任務記号の割り当て
     I :戦闘機(Istrebitel)
     SB:高速爆撃機(Skorostnoj Bombardirovschik)
     TB:重爆撃機(Tiagiolij Bombardirovschik)
     DB:長距離爆撃機(Dalnij Bombardirowschik)
     DVB:高々度長距離爆撃機(Dalnij Visotnij Bombardirovschik)
     R:偵察機(Reconnaissater)
     MDR:洋上長距離飛行艇(Morskoj Dalnij Razwedchik)
     MTB:雷撃爆撃飛行艇(Morskoj Torpedonosets-Bombardirovscik)
     KOR:水上偵察機(Korablemij)
     UT:練習機(Uchebno-Trenirovochny)
     PS:旅客機(Passagirsky Samoliot)


YAk9D-_2.gif yak-9D3e2.jpg






1939年以降の命名規則
  各設計局略号…設計局名をその設計主任者の頭文字を組み合わ
          せて略した文字で表す。
            Yakはヤコブレフ設計局が開発した機体という意味

  設計番号…設計局における開発順を番号で表すのであるが、戦闘
        機には奇数、爆撃機・攻撃機・輸送機には偶数を振って
        いく。 
ヤコブレフ設計局で開発された戦闘機の中では5番目の機種
  派生記号…派生させた形式の記号は機種によってまちまち。 
            Yak-9Dは外翼に燃料タンク追加の長距離型を表す

  設計局略号の割り当て
      Po:ポリカレポフ                An:アントノフ
      MiG:ミヤコン・グレゴビッチ        Yak:ヤコブレフ
      LaGG:ラボーキチン・ゴルボノフ・グドコフ     La:ラボーキチン
      Pe:ペリヤコフ                Su:スホーイ
      Il:イリューション               Tu:ツポレフ
      Yer:イュルモラエフ             Sh:シャフロフ
      Ar:アルハンゲリスキー           K:カリーニン
      Bi:ベレズニアク・イザイエフ        Be:ベリエフ
      Shche:シチャルバコフ           Ta:タイロフ




 

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 見事な電撃戦を展開してポーランド、デンマーク、ノルウェー、オランダ、ベルギー、フランスを下したドイツ軍はいよいよイギリス上陸を企図してイギリス本土爆撃作戦を開始。1940年7月から始まったバトル・オブ・ブリテンが発生して、英独両空軍が熾烈な攻防戦を展開した重要なターニングポイントとなっています。この攻防戦の本筋は有名なので今回は説明も抜きにしますが、こういう激戦時期には必ずって良いほど、敵を出し抜くべく新たな戦略試みがなされるもので、今回はそのバトル・オブ・ブリテンで画期的なアイデアとして登場して結構な数の専用機が用意されたけど、ほとんど効果無く終わってしまった変わったアイデアで生まれた特殊派生型の話を二つ。
 バトルオブブリテ20_He111H-8w_1.jpgンにて、イギリスは軍事工場やレーダー監視施設など本土重要拠点が度重なるドイツ軍爆撃機の攻撃を受けて苦しみます。そこでイギリス軍はその一策として、重要拠点の上空に「阻塞気球」を張り巡らせてドイツ軍爆撃機の侵入を阻止する戦法を取るようになります。この阻塞気球は気球同士に張り巡らされているロープにドイツ軍爆撃機が絡まると気球内にセットされている爆薬が炸裂する単純な仕組みですが、高高度から水平爆撃する時はともかく、Ju87スツーカーの急降下爆撃など低空からの精密爆撃には極めて邪魔な存在でありました。
 そこで考え出されたのがバルーンケーブルカッターと呼ばれたHe111H8w。当時のドイツ軍主力爆撃機であったHe111を改造したもので、He111の機体f1b1777c.jpeg前方に翼幅いっぱい、全幅16.4mに渡って刃の付いたカッター鋼を追加装着したもので、重心バランスを取る為に胴体後方にカウンターウエイトも積み込まれていました。
 このHe111H8wバルーンケーブルカッター機は、実戦に使用され始めた頃、実際に阻塞気球ケーブルを切断して急降下爆撃機の侵入路を確保する活躍を見せましたが、鈍足で運動性の低いHe111H8wは対空砲火に狙い撃ちされるようになり30機程度で生産中止されています。また、いくら細い鉄鋼であっても飛行バランスが乱れて操縦は極めて難しいものてあったようで、より高馬力な機種での改造案も断念されている。結果的にイギリス軍の安価な阻塞気球がドイツ空軍にとって最も破壊すべき英軍監視レーダー施設を有効に防衛したって感じです。
 もうひとつ、イギリス軍側でもこの時期だけ使用されたアイデア改造機あります。機首に大型のスポットライトを搭載して夜間侵入してくるドイツ爆撃機を照らし出そうというもの。この当時の夜間爆撃機への直接攻撃は、地上からのサーチライトで照らし出された敵機を戦闘機が視認して銃撃を加える方法であった為、利に適った方法だと判断したイギリス空軍は、双発攻撃機ダグラス・ボストンMkⅢ(A-20ハボックの英国版)の機首に約1km照らせるライト20_Turbinelite.jpgを搭載する改造を行った。最終的に10個小隊が編成されているから少なくとも40機以上でけっこうな数を製造している。このタービライト・プロジェクトと称された迎撃法は、タービライト機とハリケーンがコンビを組んで、ライトで照らし出された敵機をハリケーンが次々と撃墜していく寸法であったが、いざ実戦に投入するとうまくハリケーンとの連携が取れないどころか、タービライト機が敵機にスポットを当て続けられる訳が無く、そのうちに味方のショートスターリングを照らしてしまって誤射しちゃった事件も発生して、この作戦は中止。実施期間中の本当の戦果はHe111がたった1機だったらしい。イギリス空軍はバトルオブリテンを辛くもしのいだ後に、懲りずにモスキートNF.MkⅡをタービライト機に改造テストしたらしいが、さすがに実際に使用しなかったそうです。
 今回はバトル・オブ・ブリテンに試された思いつき戦法が失敗した例をあげ、「最初から失敗に終わるのが判るでしょ」と思う程の安易なアイデアでやらかしていますが、当の両国にとっては起死回生の新アイデアで滑稽と思ってしまうのは結果を知っているからかも知れません。逆に、B-25を無理やり空母から発進させて日本本土を爆撃したドゥリットル隊や、使い物にならなかった双発戦闘機月光に現地改造で斜め銃を搭載したら思わぬ高成果を上げたりした成功した思いつきアイデアがもあったりするから、やってみなければわからないって事もあるんでしょうね。
 

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 このサイトを見ている複数の人から何度か同じ質問をされた事があります。
 「戦後のジェット軍用機ってあまり興味ないの?」。
 答えは 「No」 。但し、見識的にはまだまだマニアの領域ではありませんし、細かい範囲分けをすると全くと言って良い程、興味度が薄い時代もあります。
 私の見解ですが、軍用機は現在の最新鋭に近づくほど興味度がどんどん低くなっていくのも事実です。ハイテク過ぎて面白みが欠けて来るって感です。空対空兵器も地対空兵器も機械がほとんどを判断して目視域での戦闘なんてあり得なくなってきてるんです。兵器である限り、勝利する為の手段としてハイテク化して行った結果なのでしょうが、私は政治家や兵士では無く単なるマニアなので絶対兵器って魅力が無いんですよ。ここ数年前からの機種って、航空会社が単一で開発設計されないどころか、一国では開発予算が付かなくなって数ヶ国が寄ってたかって共同開発する状況になってきてますから、どんどん味気なさが大きくなってます。「ダシが入ってない味噌汁」って気がします。
 あと、やっぱり私も日本人なんです。太平洋戦線末期の日本の凄惨さは避けて通りたい感覚があって、あくまでもミリタリーとして感じたいのですが、あまり好んで踏み込みたく無い領域の意識は離れません。
 逆にヨーロッパ戦線については、やっぱり第三者的立場の気楽な感覚でミリタリーを楽しめる領域である事も事実です。ついでに頻繁に併合したり分離独立しているヨーロッパ諸国のそれぞれその時の経緯なんて半端な知識では無くなってきています(実際に旅行した事は無いけど)。
4ecc3fba.gif まあ軍用機に関しては現在の所、ジェット第3世代ぐらい迄が私の興味をくすぐる範囲です。F4ファントムⅡやMiG-21フィシュベットなんて大好きです。戦史でいえば、朝鮮戦争、ベトナム航空戦迄が私の知識欲を刺激する範囲です。ついでにフォークランド紛争時の空戦が補欠扱いって感じです。
 その点、WWⅡ終戦後の範囲でも、TSR2が開発中止となりイングリッシュ・エレクトリック・ライトニングが開発されていく過程でのイギリス航空業界のすったもんだなんて非常に面白いものです。詳しく知りたい方は 「イギリス航空機産業と帝国の終焉」 という高価な本を図書館で借りて一読下さい。ここで話しだすと長~くなっちゃいます。
 
 他の兵器ジャンルだと、戦車等の地上兵器は第二次世界大戦終結しちゃったあとの物はほとんど興味ありません。実際、エイブスラムとか名前だけ知っていて他の戦車とあまり区別も出来ません。
 軍艦に関してもそうです。第二次世界大戦以後に就役したものは全く興味なし。さすがに米英のジェット軍用機対応航空母艦なんてものはある程度興味ありますが、実際の知識としてイージス艦やミサイル巡洋艦なんてぼんやりとしたイメージだけです。
 あと、大陸間弾道ミサイル、宇宙科学兵器、細菌兵器、核兵器なんて、ちっ~とも興味ありません。
 
 広い意味での航空機で言うと、旅客機、これは全くの対象外。ヘリコプターに関してはヘリ創世記のものはまだ面白いのですが、第二次世界大戦後のものは興味ありません。コブラとかハインドについてもあまり興味が無く、大きいヘリ、ちっちゃいヘリの区別だけって感じですね。

 それから、超古い物。ライト兄弟から第一次世界大戦ぐらいの航空機にはけっこう興味あり今後もっと文献や資料を見てみたいって感じです。やっぱり航空機に関する技術や理論構想が面白く、様々な冒険飛行を試みて偉大な成果を挙げたり、逆に大失敗をやらかしていて、かなり面白いとつくづく思います。
 あと、まだまだ知らない世界GeeBeeModel-Z.jpgがWWⅡまでにブームとなっていた航空レースです。シュナイダーレースに関してはつたない見識ながらも当ブログでコラム化させてもらいましたが、それ以外にも、ジービーレーサー機の大活躍や、それの妥当を目指したライバル機の物語なんてとても面白そうで知識欲に駆られています。
 そんな現在、ソビエト航空史およびドイツ戦闘機開発に関する事が詳しく書いている文献を数冊、大型図書館で入手で出来ました。また、念願の 「世界の駄作っ機シリーズ」 の発刊されている8冊全てを購入し終えました(だって一冊が2500円以上もするんだもの、時間かかるよ)。眠気と戦いながら深夜に読み進んで、このコラムで面白い括りにして紹介していきたいと思ってます。
 

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 やっぱり米軍の戦闘機実戦配備図があると他国機と比較しやすいはず。で、描いてみたら、陸軍機だけでスペースが一杯になっちゃった。
komeerikusen.gif
  ※クリックにて年表がポップアップウィンドウが開きます
 気を取り直して、米陸軍航空隊の戦闘機を見ていきましょう。まず、年代と全体の配備状況を考察すると、ヨーロッパがきな臭くなって来た1936年からの3年間はP-36ホークとセバスキーP-35というショボイ機体しか配備していません。まあP-36ホークに関してはフランスやフィンランドに輸出さSeverskyP35.jpgれてそれなりの働きをした機種となってますが、イギリスのハリケーンと比べれば貧弱なものです。
 WWⅡ勃発となったドイツ軍のポーランド侵攻で英・仏がドイツに宣戦布告した時点では、米国は中立国という立場ながら、P40ウォーホーク、P-38ライトニングを急ぎ配備していきます。また、英国及び英連邦諸国向けにも同機種を輸出向けに量産しています。結果的にP-38ライトニング初期型はまだ未成熟な機体で輸出を見送り、P-40ウォーホークを英国を始めとする英連邦諸国にレンドリースという形で輸出し、その傍ら、太平洋岸の防衛力強化を目的としてハワイやフィリピン、オーストラリア方面へP-40ウォホークとP-39エアラコブラを現地配備していました。結果的に、日本海軍の真珠湾攻撃・フィリピン攻略作戦によって、ゼロ戦二一型や隼1型という敵戦闘機相手にこの2機種は全く敵わず、現地飛行場は徹底的に破壊されて太平洋戦線はいきなり劣勢に立たされる事になります。しかし、海軍がミッドウェー海戦で逆転して、その後は陸海軍共闘で島嶼戦を制して日本を敗戦に追い込む事になってます。
 ヨーロッパでも1941年にドイツへ向けて宣戦布告を行ないヨーロッパ戦線ではP-51ムスタングを登場させますが、まだB型は加給器無しのアリソンエンジン搭載機の為、パッとしていません。
 米本国では兵器戦時量産体制を急ピッチで推し進め、物になりそうな戦闘機(P-51ムスタング、P-47サンダーボルト、P-38ライトニング)の更なる改良も急ぎ、1942年にP38G.jpg加速力と航続性能を強化したことによって開花したP-38Gライトニングが1942年から戦線に登場させます。P-51ムスタングもB型・C型でマリーンエンジンをライセンス生産したパッカードエンジンに換装し見違えるような飛行性能を発揮しだします。
 翌1443年には2機種とも名機と称えられる事になるP-51ムスタングのD型と、P-47サンダーボルトのD型を配備出来るようになり、英連邦諸国と組んでドイツから制空権を奪う主役に躍り出る事になります。
 実際にこの図からでも、1943年からの実戦配備機種を見ると、敵国が羨望するほどのバランスの取れた機種タイプが揃っていて、この年から守勢から攻勢へと変わったのも容易に想像つきますし、それらの機種が物量的にもどんどん前線に配備されてくるのだから、枢軸軍は各地で制空権を失います。
 夜間戦闘専用機のP-38MライトニングとP-61ブラックウィドウ。P-61ブラックウィドウは高価で最新技術の塊のような夜間レーダを搭載した専用機で配備数は少なかったが頼りになる存在でした。また、P40ウォーホークは序戦で日本軍戦闘機にボコられた機種でありましたが、F型以降はその運用しやすい頑丈さと急降下性能を活かした戦闘爆撃任務で活躍しました。
 P-39エアラコブラとP-63キングコブラは、戦闘機としては運動性が全く悪く米陸軍機としては全く活躍しなかったが、レンドリースしたソ連ではプロペラスピナー内に配した大口径機関砲が重宝がられて、対戦車攻撃機として活躍してしまうから、不思議なものです。
 異端な機種としてはP66バンガード。ヴェルディ社の制空戦闘機VulteeP-66Vanguard.jpgですが性能もパッとせず、スゥエーデンなどへの輸出向けでしたが、スゥエーデンが中立宣言した事により輸出は実現せず、少数ながらアメリカ陸軍で防空戦闘機として配備されそのまま実戦に使用されずに短命に終わっています。
 P-54Aエアラコメットは終戦直前にやっと30機が完成しますが、運動性および速度が当時のレシプロ戦闘機よりも劣るものであり、実戦への参加は見送られています。
 
 
 

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  日本軍戦闘機と年代を比較する為にもイギリス戦闘機を書いてみましたが派生型も多く、やたら機種も多いのでウェストランド・ウィルキンやブラックバーン・ロック等の直ぐに偵察機や標的曳航機に格下げされた機種は省きました。
igirisusennsi-.jpg
   ※クリックにて年表がポップアップウィンドウが開きます
 空軍を見ると、やはりWW-Ⅱではスピットファイアを一貫として主力の制空戦闘機として使用しているのが判ります。しかしゼロ戦と違ってその派生型も常に頼りになる性能でした。日本機と年代を比べてみると、スピットファイアMk1がゼロ戦二一型とほぼ同期、Mk5が一式戦闘機隼SpitfireMk1.jpg一型と同期って感じです。Mk14となると2,000馬力のグリフォンエンジンを搭載しており、同期のゼロ戦52型となのですがその性能比較は雲泥の差が生じています。
 あと目立つのはハリケーンの実戦配備の早さで、九七式戦闘機より早く就役していますし、1939年まで唯一の戦闘機として使われていながら、バトルオブブリテンでは目立たなかったがしっかりとスピットファイアを補佐しています。そんなハリーケーンはさすがにMk2から戦闘爆撃任務がメインになりましたが、他国の戦闘機よくハリケーンの真似をした設計をしている理由がうなづけます。
 タイフーンは開発当初から戦闘爆TyphoonMk1.jpg撃任務の機体で色々と欠点がありながらもテンペストが配備されるまで頑張った気がします。初期量産型は降下時に胴体尾部が折れちゃう事が重なって、急遽その部分周辺を強化した箇所の継ぎ接ぎが見えてますが、その後の生産もその継ぎ接ぎが見えたままの状態で製造しているのが、さすがイギリスって感じです。
 デファイアントはもはや駄作機の代表的な存在。ホワールウィンドは高高度迎撃専用機として就役し、その性能は悪くは無かったですが当時は高高度迎撃する相手がいなくて暇な迎撃機。ボーファイターは戦闘機としては地味ながらその多用途性を活かして戦闘爆撃、雷撃、威力偵察もこなす隠れた名機でありました。
 モスキートは奇跡の木製機。本来は偵察・攻撃機でありながら、優れた速度と航続力を活かし、夜間の戦闘や爆撃だけでなく、昼間の精密爆撃、戦闘爆撃、長距離偵察など様々なバージョンがそれぞれ立派に役目を果たしていました。夜間戦闘では専用の夜間レーダを搭載してて目視だけに頼って夜間迎撃した月光や屠龍とは大違いです。
 ミーティアは、ドイツのジェット戦闘機Me262に遅れることわずか数週間で実戦配備された実用ジェット機ですが、当初のミーティアはたいした性能では無く、V1ロケット迎撃任務ぐらいにしか使用(あまり効果無かった)されませんでし、Me262とのジェット機対決は実現しませんでした。

 海軍を見てみると、あまり性能がパッとした艦上戦闘機がありません。海軍もそれが判っているのでフェアリー社やブラックバーン社の機体だけでなく、FairyFulmar2.jpgハリケーンやスピットファイアを艦上機型に改造したり、米海軍機を採用する事で戦力をしのいでいます。こと艦載機だけに絞って日本海軍機と比べるとかなりしょぼいイギリス艦載機でありますが、主目的が船団防衛でその船団防衛すべき範囲が広く、軍艦費がかさんで艦載機開発にかける費用が無かったのが実情です。
 黄色ラベルの機種は米軍機からの採用機を表しています。キティホーク(P40ウォホーク)は北アフリカ戦線で戦闘爆撃機として重宝され、ムスタングはノルマンディ上陸戦などで防空任務に就きました。海軍ではマートレット(F4Fワイルドキャット)がフェアリー・フルマーやシーハリケーンの力不足をカバーしていました。この他にも、エアラコブラ、ライトニング、サンダーボルト、ヘルキャットも配備していましたが、少数であり目だった活躍が無かったので省きました。
 やっぱりこうやって標準化した表形式にしてみると、多国間の比較がしやすく、新たに感じる事が多かったです。アメリカやイタリア、ソ連も書けるかなぁ~。特にドイツって難しそう。
 

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