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 とうとう、軍用機(WWⅡドイツ空軍)図鑑 の作成に入りました。図鑑登録に利用しているズカンダというサイトは、図鑑登録の順番があとで変更できないので、現在、実験機・軍用グライダーのみ登録して、あとの任務機は続々とマイドキュメントにストック中。

 今回の図鑑は、「第二次世界大戦の期間中に試作機であろうと実機が存在して使用(テスト飛行含む)されていた機種」と前提しましたので、とにかく、その機種数の多い事、ややこしい事。
 特に今まではあまり注目しなかったグライダー、ヘリコプター、練習機、輸送機、水上機など詳しく調べているとまだまだ知らなかった開発秘話やエピソードがたくさん出てきました。

 例えば、開発された年代からすると非常に美しい流線型で素晴らしい空力性能を持っていると想像出来るドルニエDo26が、10機も生産されずに終わっている。不思議に思って性能緒元の数値を見てもこの手のサイズの飛行艇としては悪くはありません。これは後に、タンデム式に配置された後部エンジンの冷却不足が決定的な原因だとわかりました。そう言われてみれば画像で探しても見ても後部エンジンのラジエターがどこに配置されているのかわかりませんでした。また、戦前に量産された機体はそのほとんどの機種が練習機に転用されていますし、もちろんアラドAr96など優れた練習専用機も設計生産されており、WWⅡ開戦時にはすさまじい練習機保有数でありました。

 ドイツ軍機を登録化するにあたり、まず当時のドイツ背景をまとめる事からはじめました。
 第一次世界大戦で敗戦国となり軍隊を持つことをベルサイユ条約で禁止されていたドイツで、ナチス党がドイツの政権を奪取しヒトラーが首相となるのは1935年。そして直ぐにヒトラーによって「再軍備宣言(ベルサイユ条約破棄)」がなされます。ドイツ空軍は、第一次世界大戦でエースパイロットとして活躍した事もあるゲーリングに任されてこれも1935年の内に再建されます。慌てて再建したように見えますが、ルフトハンザ航空で民間機開発を隠れ蓑として開発されていた機種がいくつも存在してましたし、当時友好国であったソ連国内で着々と飛行テストを繰り返していました。空軍再建直後の1936年には、スペイン内乱に乗じて「コンドル軍団」として反政府側の義勇軍として参戦し、ちゃっかり自国製軍用機を初めとする兵器を実験し、パイロットに経験を積ませています。また、練習機を大量に生産して来るべき戦いにむけています。ヘルマン・ゲーリング、エアハルト・ミルヒ、エルンスト・ウーデットなどの空軍首脳陣たちの当初の戦略は的を得たものでありました。
 そうして、1945年に第二次大戦敗戦国となり空軍が解体されるまで約10年間、その優れた技術と柔軟な発想で数々の軍用機を実戦投入し傑作機と評価される機種も多数存在、そのパイロット技能も世界一の水準であり続け、戦後にはドイツが生み出した数々の軍事技術が連合軍各国で研究継承されていく事になります。

 今回のWWⅡドイツ空軍機図鑑については、ハウニブ系やベル、ヴェリルなどオカルト的なものはもちろんの事、惜しくもペーパープランだけに終わった機種も省いています。したがって、私の大好きな機種の一つ、Ta183フォッケバインも試作機完成前に工場が空襲されてしまったので、登録されません。
 
 
  
 

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