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 1930年代にアメリカ海軍で運用された硬式飛行船の2隻。第一次世界大戦から偵察や爆撃に使用された飛行船は航続力が高く哨戒任務や稀に爆撃任務に各国で使われていました。しかし1930年代ともなると、戦闘機の能力が真価して来て、哨戒任務で飛行船を飛ばすには危ない状況でした。飛行船に護衛戦闘機をエスコートさせたいが、如何せん戦闘機の航続力は飛行船と同行させようにも全く足りません。そこで考え出されたのが、パラサイトファイターという方式。飛行船に戦闘機を搭載して必要な時だけ飛行船から発進させるという仕組み。

 1931年にアメリカ海軍が、世界初の実用パラサイトファイター母艦としてアクロン号を就航開始。建造会社はグッドイヤー社で全長240m。巡航速度90km/hながら胴体格納庫内に戦闘機5機(内、1機は未組立て)を搭載していました。搭載されるパラサイトファイター機はカーチスF9Cスパローホークという単座の複葉固定脚の戦闘機。当時としてはオーソドックスな機体ながら、コクピット前方上面に大きなフックが付いていて、アクロンの腹部から出し入れ出来るブランコと呼ばれる係留装置に引っ掛けるというアクロバチックな着艦方法が出来る機種。

 なんとも危なかしい方法ながら、アクロンからの離着艦はたいした事故も無く運用され、同型飛行船としてメイコン号も1933年に完成する目処が立っていた。実際、この頃は戦争なんて起きてないので、もっぱらデモンストレーション的な哨戒任務のみ。
 何度か悪天候時に飛行船自体の事故があったものの、1933年にメイコンも竣工し2隻の飛行艇母艦が揃い踏みしたが、その矢先の1933年4月4日、アクロン号が訓練中のニューイングランド州沖合いで突風に巻き込まれて墜落。搭乗員73名中の生存者がたったの3名だけという大事故を起こした。

 残されたメイコン号は、悪天候化での飛行対策改良も行なわれ、太平洋上でハワイから帰国中の重巡洋艦ヒューストンに乗っているルーズベルト大統領へ本国から運んできた新聞を届けたりのデモンストレーションを行なったりしていた。
 しかし、1935年2月12日にカルフォニア沖で嵐に遭遇し、墜落はしなかったが尾翼を損傷しガス洩れが発生。直ちにバラストの即時で大量投棄が命じられたが、制御が失われ後部が下がった姿勢になって実用高度を超えて上昇してしまい、大量のヘリウムが排出されて浮力が消滅。そのまま全体の浮力を失なってゆっくりと海面に墜落して最後には沈没してしまった。
 このアクロン号のメイコン号と事故により、以後、硬式飛行船の建造は行われることは無くなした。もちろん、パラサイトファイターのカーチスF9Cスパローホークも6機の製造のみで生産をストップ。
 2006年には、メイコン号沈没付近の海底調査が行なわれ、搭載されていたカーチスF9Cスパローホークの着艦用フックの部分などが発見されている。
 尚、アメリカはWWⅡ終戦後に、B-36ピースメーカージェット爆撃機を母艦に、GRF-84Fサンダーストリークをパラサイトフィイターとしてもう一度実用化している。
 
 
 

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